≪小熊≫
仁六子さん、おはようございます。
まずは簡単に自己紹介をお願いします。
≪佐藤≫
おはようございます。
私は夫と結婚以来、夫の仕事の関係で海外生活をしておりました。
しかし休暇で帰国した時に母が倒れ、闘病生活の末、
私の目の前でこの世を去ってしまったのです。
当時38歳でした。
そこから予防医療を勉強し始め、34年という長きに渡って頑張ってきたのですが、
なかなか結果が出ずに葛藤しておりました。
そんな中で小熊弥生先生と出会い、そこから全く違うオンラインでのビジネス講座を立ち上げ、
初年度で9桁を達成、そこからずっと順調に9桁を引き寄せ続けております💞
≪小熊≫
ありがとうございます。
本当にすごいですよね。
私の講座と出会ったきっかけはお友達からでしたっけ?
≪佐藤≫
はい、20年以上葛藤を続けていた私を見て、
友達が「これ観てみて」と小熊弥生先生の朝ライブの動画を送ってくれました。
私はスピリチュアル系も興味があってすごく勉強していたので、
少し見ただけで「ここに私が長年求めてきた経済確立の答えがある!」と感じ、
すぐに講座へ申し込みました🌟
≪小熊≫
ということは、この朝ライブに出会っていただいているみなさんも、
仁六子さんと同じように億を引き寄せられるチャンスがあるということですから、
話を自分事として聞いてくださいね🪻
仁六子さんの宇宙スピードでの成功の速さ、
そして3年間落ちることなく達成し続けていること、本当にすごいと思います。
今回、プロジェクトゴーゴーゴーで「可愛い仁六子さん」から
「かっこいい仁六子さん」へアレンジさせていただいたのですが、ご自身でどう感じていますか?
≪佐藤≫
私自身もともと「可愛い」が好きだったので、最初は違和感がありましたが、
小熊弥生先生からいただいた壮大なプロジェクト、
それと共に「私はそこに行くんだ」と決断しましたので、今はもう慣れて違和感なく、
このスタイルでどんどん前進してまいります🌿
≪小熊≫
面白いですね。
自分が思っているものと、他人が期待して見ているものとの間には差があることも多いですからね💦
自分が変わると、自分に惹かれてくるクライアントさんの質も変わります。
かっこいいという要素が加わることにより、
これからますます多くの方が仁六子さんから学びたいと思ってくれるようになると思います。
億楽®メソッドに出会って宇宙速で駆け抜けた3年間
≪小熊≫
では、ここからは「億楽®メソッドに出会って宇宙速で駆け抜けた3年間」ということで
お話を聞いていきたいと思いますが、なぜ仁六子さんは他の方よりも成功が早かったのか、
ご自身ではどのように分析されていますか?
≪佐藤≫
億楽®メソッドと出会う前の私は、34年間も全国を走り回って頑張っていました。
それでダメだったのですから、小熊弥生先生を信じて、
何の抵抗もなく全身全霊でやらせていただきました。
私にはブレーキはなく、とにかくアクセルを踏んでいるだけなのです💎
だから宇宙速で引き寄せることができたのだと思います。
≪小熊≫
確かに、私のコンサルを受けてくださっても「それは受け入れられない」という反応をされる方も
少なくはありません。
でもそれが4、5年くらい経つと「小熊弥生先生が言っていた通りでした」と言われます。
仁六子さんの場合は、そうやって抵抗してチャンスを逃してしまうということがなく、
最速でここまで来ることができたのだと思います。
≪佐藤≫
そうですね。
今までやってきてダメだったのだから、
小熊弥生先生と出会って「ここだ!」と感じた自分の直感を信じました。
≪小熊≫
今でも覚えているのですが、
講座で仁六子さんに「予防医学の500人の組織に負担を感じるんだったら、すぐ終えましょう」と言ったら、
その講座中に「もうメール送って終わらせました!」ということがありましたよね。
≪佐藤≫
そうなんです。
「出張の仕事があって、ちょっと疲れていて」ということを小熊弥生先生に話したら
「まだそんなとこにいるの!?」とおっしゃったのですよね。
「そんなとこって言われても、私だってトップと組織の間で頑張ってやってるんです」と反論したのですが、
小熊弥生先生は「波動が下がるとこに行ってどうするの」とおっしゃって、
その言葉で私もすごく納得しました。
それですぐに所属していたところを全て退会し、それから二度と顔を出していないです。
≪小熊≫
波動が下がる所には行かないのが大切ですから、
ぜひみなさんも仁六子さんを見習ってやってくださいね💫
仁六子さんの人生(厳しい昭和の女性社会、パプアニューギニア派遣、お母様の死など)
≪小熊≫
さて、そんな仁六子さんですが、これまでの人生は順風満帆というわけではありませんでした。
ここからはご本人に、これまでの紆余曲折を詳しく語っていただきたいと思います。
≪佐藤≫
はい、私は母の故郷である宮城県仙台市で生まれましたが、1歳の時に東京で待つ父のところへ行き、
そこから東京で暮らしていました。
決して豊かではなく、貧しい生活でしたが、5人家族が寄り添って暮らす温かい家庭で、
天真爛漫に育ててもらいました。
隣近所の子たちといつも楽しく遊びまわって、男の子たちにも負けないガキ大将という感じでしたね。
≪小熊≫
その頃からリーダーシップがあったのですね🎀
でも当時は必ずしも女性がそうやって前に出ることが許される社会でもなかったですから、
そういう中での葛藤もあったのではないでしょうか?
≪佐藤≫
そうですね。
24歳で結婚したのですが、夫が外務省に勤務していて、すごくそういうところに厳しい世界でした。
初めて海外に出る時に、研修を受けて色々学んだのですが、
「目上の女性が2連のネックレスをしていたら自分は3連をしてはいけない、
下の立場なんだから1連をつけろ」とか、「女性が集まった場では、
旦那様方のランク付けの順に並ぶ」とかいった暗黙のことが全部決まっていました。
私はそういう場でも自由にしてしまって、すごく叱られたこともありましたが、
めげずにやっていましたね。
≪小熊≫
元来の天真爛漫さを活かしていらっしゃったのですね。
仁六子さんはある意味恵まれたところからスタートされたと思いますが、
パプアニューギニアへの派遣で、非常に怖い思いをされたのですよね。
≪佐藤≫
はい、オーストラリアからパプアニューギニアに転勤になったのですが、
当時オーストラリアから独立して10年後という時期で、とても荒れた環境でした。
盗みや殺人など何でも起きますし、急に襲われるということもよくあることでしたので、
怯えながら暮らした30代でしたね。
≪小熊≫
すごいですね。
天真爛漫さでやりこなすことができないような、人間の黒い部分を見てきた時期だったのですね。
仁六子さんの「多くの方に豊かさを与えたい」という素晴らしいお気持ちは、
そういった経験があったからこそ育まれたのかも、と感じたのですが、いかがですか❓
≪佐藤≫
そうですね、追いつめられた人間が獣のようになってしまうという部分も見てきたからこそ、
世界平和を求める気持ちが強くなったということはあると思います🍀
≪小熊≫
さらに、そこから大きな転機が訪れるのですよね。
≪佐藤≫
はい、38歳の時にパプアニューギニアから帰国し、
「これからは親孝行したい」という気持ちでいたのですが、母が心筋梗塞から脳梗塞を起こし、
ほとんど動けない状態になり、あっという間に私の目の前から去っていってしまったのです。
「本当に明るくて元気な人だったのに、どうしてこんな病気に」という思いから、
予防医療の勉強を始めました。
母には間に合わなかったけれど、こんな思いをする人を1人でも減らしたいと考え、
「これは母が残してくれたんだな」という思いでやってきました。
≪小熊≫
そして20年間、多くの方に予防医療を伝え続けて、全国を走り回っていたのですよね。
しかしその活動の中では、経済の健康、つまり豊かさが構築しきれず、
その答えを求めていたということでよろしいでしょうか?
≪佐藤≫
その通りです。
私たちの予防医療では、心の健康・体の健康・経済の健康、この生産関係を謳っていたのですが、
経済の健康だけがなかなか実現できずにいました💦
そんな葛藤の中で億楽®メソッドと出会い、「ここに答えがある」という確信を得ました。
≪小熊≫
ありがとうございます。
そこからパソコンにも初めて挑戦するなど、できることを言い訳なくどんどんやり続けているのですよね。
朝ライブを観て確信を得た理由
≪小熊≫
初めて私の動画を見ていただいて「確信した」というのはどういう理由だったのでしょうか?
≪佐藤≫
ほとんど直感ですね。
小熊弥生先生がよくお話ししている、脳の証拠集め機能RAS(ラス)が働いたのだと思います🌸
今までは人力で頑張っていたのだと分かり、
小熊弥生先生に「まだ宇宙と繋がっていなかっただけよ」と言われた時は
「宇宙と繋がるってどういうこと!?」と驚き、全てが新鮮で楽しくて、
ルンルンしながら全部を吸収させていただきました。
そこから他の講座も全て取らせていただいたのですが、
今から2年前の億楽®ライフコーチ講座の最初のグルコンの時、
小熊弥生先生が「オンラインで無料モニターを募集して」とおっしゃった時に、
若い方たちが「コンテンツがありません」と泣き出されたのです。
その時に私は「健康のことを出していけばいいのかな」と思って、
初めてのパソコンを購入し、頑張って準備を進めていきました。
そして初めてのコンサルを行い、クライアントさんのサポートをして、初月から7桁行かせていただきました。
≪小熊≫
誰でも初めてから始まりますから、仁六子さんの最初の一歩の話が聞けるというのがどんなにすごいことか、
ぜひみなさん噛み締めて聞いていただき、
「私も同じようにやればいいんだ」ということを感じて
もらえたら嬉しいです💝
~後編へ続く〜
75歳の主婦が2年で3億円を達成した本当の理由👀【後編】